DJ MAG JAPANは、2016年から日本のDJ/Producersへの教育のため、様々な活動をしてきた。例えば、国内の若手DJ/Producersには海外への楽曲リリースのサポート、The School of Houseを通して海外DJ/Producerの制作How To、アーティストとしてのPR/SNS基礎概念などの講座の提供だ。また、世界17の国と地域に繋がる「DJ MAGグローバルネットワーク」のなかでも、アジアで最も精力的に活動している。

 

その活動の中、近年の海外DJ/Producerのキャリアを注意深く紐解いていくと、DJのこれまでの人生をバックボーンに、他者にはない経験を活かした者が、トップシーンへ駆け上がっていくこを目の当たりにしてきた。

 

このようなDJの概念を持ち、世界に勝負するようなDJを探していたところ、あるアーティストを見つけた。それがDJ社長である。彼は日本では大物YouTuberとして名を馳せ、YouTubeに留まらない活躍をみせている。日本にいる10〜20代で知らない人はいないだろう。

 

編集者/ラジオパーソナリティとして活動しながら、Fuji Rock、ヨーロッパを代表する人気パーティー・CircoLocoに出演する等、国内外問わず活躍しているLicaxxx、サマンサタバサのモデルとして活躍したParis Hiltonは、彼女の集客力を活かし、夏のイビザ島で帯イベントを持ったり、昨年公開され大ヒットを記録したウエスト・サイド・ストーリー(映画)の主演を務めるAnsel Elgortは、AnsoloとしてUltra Japanでも腕前を披露したりと、成功への道は一つではないことは明らかだろう。また、DJの在り方が2020年からのコロナ禍で移り変わってきたことも一つの理由にあるかもしれない。

 

彼が現在、日本を飛び出し海外で日々挑戦・奮闘していると聞き、お話を伺った。この記事を読んだあなた自身のアーティストとしてのストーリーを見直すきっかけになればと願っている。

 

―日本で人気絶頂でした。なぜ海外挑戦する流れになったのですか?

僕は22歳でDJを始めた時、『日本一のDJになる』という夢を抱きました。しかし、ただ楽曲を作っていたり、現場でDJを回しているだけでは日本一のDJになれないと考えSNSで知名度や人気を獲得する事に集中しました。 幸いな事に僕たちがYouTubeで活動を頑張り始めた時に日本でYouTuberブームが起きました。 見事その波に乗る事ができ、チャンネル登録者を270万人まで伸ばし、楽曲の再生数、SNSのフォロワー数、ライブ動員数で日本一になり最終的に日本のDJでは史上初のドーム公演を成功することが出来ました。

 

 

ドームに立った時、『世界No.1のDJになりたい』という新しい夢を抱きました。ドーム公演の直後、海外進出を発表し、そのまま海外に飛び出てきました。

 

―これまで海外でどんな活動をされてきたのでしょうか?

2022年からインドネシアで活動しております。 「日本No.1のDJがインドネシアに来た!」と話題性があったため、インドネシアに来てすぐにテレビに呼ばれ、たくさんの人気番組に出演させていただきました。 また、インスタのフォロワーが1000万人を超えているような大物著名人や人気インフルエンサーとも繋がることができ、コラボを積極的にした結果、すでにインドネシアのフォロワーが10万人以上増えただけでなく、街でもよく声をかけられるようになりました。

 

 

―海外で活動していて、日本との違い、文化や慣習の違いでいい点と悪い点または驚いた点を教えてください。

海外に来て気が付いたのですが、日本はYouTuberブームがすごい国です。YouTuberみたいなことをやっていた僕達にとっては、それはかなりの追い風であったのですが海外は日本ほどYouTuberが流行っていません。なので、日本でやってきた戦い方とはまるで違う戦い方をしないといけません。

 

日本でドーム公演を行うなど人気絶頂のなか、海外へ拠点を移し、挑戦者となったDJ社長。海外進出後、日本との違いに苦労も多かったようです。この話は後篇へ続きます。

 


DJ社長

2015年にDJ活動を開始 活動開始すぐにDJグループ「レペゼン地球」を結成。 2016年、ファーストシングル「5454」発表し、DJと並行してTwitterでショート動画を出し、活動していた。 2017年、YouTubeを開始して、開始一年でチャンネル登録者100万人を突破したことにより、当時最速100万人記録を樹立した。 2018年、DJとしては日本初の単独ライブでZeppを満員にさせ、動員数2000名。同年、DJとしては日本初の単独ライブで幕張メッセ満員、動員数15000名。 2019年、Zeppツアーを開催し、ホールツアーも開催。西武ドームでも開催が決定したが炎上にて中止となる。 2020年、アリーナツアー開催決定したがコロナにて中止となる。 同年、DJとして日本初の単独ライブで福岡ドーム開催、動員数25000名。 2021年、海外進出を発表、グループ名を「レペゼン地球」から「Repezen Foxx」に変更し、2022年には、活動の拠点をインドネシアに移動。

 

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